| 『ONE OUTS』 |
| 甲斐谷忍・集英社ヤングジャンプコミックス |
| 1〜4巻発売中(2000/12/14現在) |
万年最下位の弱小プロ球団〈リカオンズ〉の主力打者・児島は、
キャンプ地・沖縄で賭け野球に異類の才を発揮する投手、
渡久地東亜(とくち・トーア)を発見する。
彼の特徴は「絶対に打たれないこと」。
その秘密は悪魔的なまでの人間心理の理解にあった。
児島はプロとしてのプライドを賭け、東亜との勝負に臨むが…。
甲斐谷忍(かいたに・しのぶ)。
1994年、『翠山ポリスギャング』(WJ)にてデビュー。
代表作『ソムリエ』(ALLMAN、原作:城アラキ)。
2000年5月現在、ビジネスジャンプに『ONE OUTS』、
ALLMANに『太平天国演義』連載中。
最初に云っておく。私は野球漫画が嫌いだ。
これは、単に私が野球というスポーツを嫌っているから云うわけではない
(嫌いなことは否定しないが)。
最大の理由は、野球漫画が本質的に“意外性”を描くのに向いていないフォーマットだからだ。
嘘だと思うなら、何でもいい、思いつく野球漫画を一つ挙げてみるがいい。
それがどんな話か当ててみせるから。
(一応断っておくが『地獄甲子園』は却下。)
まず、主人公チームには実績がない。
したがって、這い上がるための努力を欠かさない。
ピッチャーは気違いじみた剛速球を投げる。
バッターは強打者か、さもなくば巧打者だ。
マネージャーは美人だ。(性別は選択の余地すらない)
主人公は平凡な顔をした正直者か、さもなくばひねくれた美形だ。
そして、主人公チームは“頑張ったから”負けない。
これだけのお約束のもとで意外性を求めるなら、行き着く先は二つしかない。 主人公チームの勝敗以外をメインテーマにするか、物理法則を無視するかだ。 実際、私は『ドカベン プロ野球編』(水島伸司)は読んでいる。 西部が勝つとは限らないからだ。 他にも、未読だが、109点差をひっくり返したと聞く『逆境ナイン』(島本和彦)はきっと気に入ると思う。
そんな私が推す野球漫画が、この『ONE OUTS』だ。 この漫画の最大の特徴は野球漫画じゃないことだ。 では何かと云うと、それはアンチ野球漫画である。
あらゆる野球漫画へのアンチテーゼとして
この作品はつくられています。
1つは、主人公のピッチャーが豪速球を投げないこと。
1つは、努力と根性が必ずしも勝利に結びつくとは限らないこと。
そして最も重要なことは、
主人公が悪党であること。―――――甲斐谷忍(2巻の作者コメントより)
賭野球で負けたことがない(つまり打たれたことのない)ピッチャー、渡久地東亜。 彼は剛速球も変化球も投げない。投げるのは平凡な直球だ。 コントロールが非常に正確とはいえ、それだけの投手が何故プロ野球を引っかき回せるのか?
彼はギャンブラーだからだ。
リソース、という概念がある。直訳すれば「資源」、つまり「使えるもの」のことだ。
シミュレーションゲームに於ける「資金」「兵力」「時間」、
カードゲームに於ける「手札数」「ターン」「ポイント」がこれに当たる。
今までのありきたりな野球漫画が描いてきたリソースは、「球の速さ」「打者」「ランナー」など、
せいぜいが「風向き」「配球」「細かなルール解釈」程度である。
しかもこれらを冷徹に資源として消費する作品はむしろ稀で、
ひどいものになると「練習量」や「気迫」を勝つ理由として持ち出してくる。
いまさらそれを批判しても仕方ないことではあるが、
少なくとも私は理由なき勝者を凄いとは思わない。
魂で勝てるなら誰も苦労はしないのだ。
『ONE OUTS』は完全に野球をゲームとして捉えている。 東亜はあくまでギャンブラー、勝負師であり、熱血馬鹿の対極である。 彼は「情報」や「心理」さえもリソースとして考え、 相手の望まないことを的確に実行する。 必要とあらば死球でも敬遠でも平然とやる。 何故なら彼は野球などこれっぽっちも愛していないからだ。
そのうえ、東亜が戦うのは相手チームだけではない。
チームが負けることにまったく痛痒を感じない球団オーナーのもと、
「ワンナウト500万円の出来高払い、ただし一失点ごとに5000万円のペナルティ」
という契約条件で登板する東亜。
私は野球を知らないので実感できないが、
この契約だと防御率2.73(大魔神佐々木並み)でとんとんなのだそうだ。
もちろんチームにすら思い入れのないオーナーが、味方であろうはずがない。
首位チーム相手に三日連続で登板しろと平気で命令する。
それでも東亜は投げ、そして勝つ。
何故か。
彼は「野球」の外にいるからだ。
野球という枠の中で戦う限り、渡久地東亜には決して勝てない。
アンチ野球漫画は、すなわちメタ野球漫画なのだ。
甲斐谷忍の絵には独特の質感がある。
私たちは長年の習慣から、漫画の白黒画面に「色」を読みとる方法を身につけている。 髪の毛がベタ塗りされていないからといって、 それを見たまま「若いのに総白髪か」などと取る馬鹿はいない。 つまり、白髪の若い女の子を書くのは逆に難しい。 どうしても金髪か茶髪に見えるからだ。 同様に、私たちは微妙なトーンの差から、赤、青、緑、その他もろもろの色彩を読む。
甲斐谷忍の面白い点は、ここぞというシーンで画面が白黒になることだ。
実際に色を落とされたわけでもないのに、
黒背景に尖った曲線で描かれる決めのコマは見事に色彩が消え、
引き替えに印象的な明暗が残る。
単に(絵が)白いだけの漫画家はかず数多いが、
それと同じ意味でこの絵を批判するのは間違いだ。
甲斐谷忍は、黒のために白いのだから。
特にこの『ONE OUTS』ではその傾向が強く、 白を中心にデザインされた東亜は、黒背景の中でとても映える。 毎回ラストの黒地+白ゴシックで東亜の暫定年棒を書くコマといい、 つくづく甲斐谷忍は“コントラストの漫画家”である。